大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和58年(う)134号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤敏夫提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一について

所論は要するに、原判決が挙示する原判示第二の事実に関する証拠のうち、覚せい剤粉末は、憲法三三条、三五条所定の令状主義の精神に著しく違反する捜索の過程で発見、収集されたものであるから、右覚せい剤粉末及びこれに関連して作成された証拠書類の各証拠能力は否定されるべきであるのに、これらの証拠を被告人の自白に対する補強証拠として原判示第二の事実を認定した原判決には、訴訟手続に関する法令違反ないし事実誤認がある、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原判決挙示の関係各証拠によると、警察官らが所論の覚せい剤粉末を発見、押収するに至つた経緯、捜索、押収の状況等は、次のとおりである。すなわち、(1) 原判示の司法警察職員らは、吉田久美子から原判示第一の暴行の被害申告を受け、被告人が暴力団員であり、かつ犯行後所在をくらましていたことから、逃亡のおそれがあると判断し、札幌地方裁判所裁判官から、右暴行被疑事実により逮捕状の発付を受けて、昭和五七年一一月一八日午前九時三五分ころ、被告人を逮捕するため、被告人の当時の居所である原判示第二のフラワーコーポ二〇四号室に赴いたこと、(2) 警察官らは、同居室内に入つたところ、被告人が内妻の竹内真智子とともにいたので、同九時四〇分ころ、右逮捕状を示して被告人を逮捕するとともに、その際、逮捕に伴う強制処分であるとして、居室内を捜索したところ、暴行被疑事件に関する証拠物は発見されなかつたが、右逮捕の直後ころ、被告人が直前まで寝ていた布団の枕元の畳の上にあつた桐の木箱及びその傍にあつた紙袋の中から、覚せい剤の分量用などに使われる天秤棒式はかり一式、小型はさみ二丁、覚せい剤と思われる白色結晶性粉末少量が入つたビニール小袋、覚せい剤の注射用などに使われる注射器一式、ビニール小袋多数枚等が発見されたこと、(3) そこで、警察官らは被告人に対して右各物件の所有関係などについて質問をしたところ、被告人は「他人から預つている」と述べたり又は「自分のものである」と述べたりしたので、被告人の同意を得て、覚せい剤試薬により右粉末を検査して陽性の反応を呈したのを確認したうえ、同九時五七分ころ、被告人を覚せい剤所持の現行犯人と認めて重ねて逮捕するとともに、右各物件を覚せい剤取締法違反被疑事件の証拠物として差押え、同日午前一〇時五分ころ、被告人方居室内における逮捕、捜索等を終了したことなどを認めることができる。右捜索に従事した警察官である原審証人長谷部範世、同山中克己は、右捜索の目的について、暴行被疑事件に関して被告人が記載したメモ、日記、わび状の類が存在すると思われたほか、右暴行事件の背景事情に関連して被告人の内妻竹内真智子による覚せい剤使用の嫌疑が見込まれ、注射器等も存在すると思われたので、暴行事件の証拠として、メモ、日記、わび状、注射器等を発見、収集する目的で捜索を行つた旨供述するが、右暴行の動機、態様が原判示第一のとおりであることなどを考えると、右のようなメモ、日記類などの存在を期待しうる状況にあつたかどうか疑わしく、また、竹内真智子が使用した注射器等も、暴行事件に関する証拠として収集すべき実際上の必要性があつたかどうか甚だ疑問であり、これに加えて、本件各証拠から認められる次のような捜索の状況、すなわち、警察官らは、被告人方において、居間、寝室、玄関、便所に至るまで捜索し、押入をあけてみたり、ストーブまわりを調べたり、「ぬいぐるみの犬」の飾り物を壊してその中を調べたり、更に押入内にあつた八ミリわいせつフィルムとその映写機を持ち出してその任意提出を求めるという状況であつたこと、更に、警察官らは本件暴行被疑事件の捜査を通じ吉田久美子らからの事情聴取により竹内真智子が被告人から覚せい剤を渡されるなどしていたとの嫌疑を抱いていた形跡のあることなどを考えると、警察官らは右暴行事件による被告人の逮捕の機会を利用し、右暴行事件の逮捕、捜査に必要な範囲を越え、余罪、特に被告人又は竹内真智子による覚せい剤の所持、使用等の嫌疑を裏付ける証拠の発見、収集を意図していたものと認められる。

ところで、刑事訴訟法二二〇条一項二号は、司法警察職員が被疑者を逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で捜索、差押をすることができる旨定めているが、その捜索、差押は、逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠物の発見、収集、及びその場の状況からみて逮捕者の身体に危険を及ぼす可能性のある凶器等の発見、保全などに必要な範囲内で行われなければならず、この範囲を越え、余罪の証拠の発見、収集などのために行なうことが許されないことは多言を要しないところであるから、前述のとおり、警察官らが右覚せい剤粉末を発見した後、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、かつ、右被疑事件に関する証拠物として覚せい剤粉末を差押えたとしても、それは違法な捜索の過程中に発見、収集された証拠物であるとの評価を受けることを免れないといわなければならない。

そこで、更に進んで、右覚せい剤粉末及びこれに関連して作成された所論の証拠書類の証拠能力について考えてみると、右覚せい剤粉末に関する捜索は、違法のものではあるが、全くの無権限で開始されたものではなく、形式的には前記暴行被疑事実による逮捕に伴う強制処分として適法に開始されたものであること、また、差押を受けた覚せい剤粉末に限定していうならば、右は被告人が直前まで寝ていた布団の枕元の木箱の中にあつたものであるから、警察官らにおいて右暴行被疑事実により被告人を逮捕する際、これに伴う必要最小限の強制処分として被告人の身体にごく近接する範囲内を一通り捜索しただけで容易に発見することができたものであることなどを考えると、右覚せい剤粉末の発見、収集手続上の瑕疵は実質的に重大なものということはできず、このような場合、右覚せい剤粉末及びこれに関連して作成された証拠書類の証拠能力を否定することは相当でないというべきである。結局、原判示第二の事実につき、本件覚せい剤及びこれに関連する証拠書類の証拠能力を肯定し、その余の各証拠とともに被告人を有罪と認めた原判断は、その理由において首肯し難い点はあるが、結論において正当であり、原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続に関する法令違反ないし事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

量刑不当の論旨にかんがみ、記録を調査して諸般の情状について検討すると、本件は、前述のとおり、被告人が同棲中の女性の妹を平手で殴打したという事案及び覚せい剤0.034グラムを所持したという事案であるところ、被告人はこれまで賍物罪、恐喝未遂罪、覚せい剤取締法違反罪により三度懲役刑に処せられ、そのうち覚せい剤取締法違反罪及び恐喝未遂罪により服役して出所した後も反省することなく、一年四か月後に本件覚せい剤取締法違反を犯すに至つたもので、本件各犯行に至る経緯、犯行の動機、態様等に酌むべき事由が乏しいうえ、覚せい剤との親和性もうかがわれることなどを勘案すると、被告人の刑責は軽視し難く、したがつて、当審において原判示第一の被害者に対し見舞金二万円が支払われたこと、その他所論指摘の被告人に有利な諸事情を参酌しても、原判決の量刑が重すぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入について刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡部保夫 横田安弘 平良木登規男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例